twitterを初めて1年と数日経ったけど結構はまってる感じ。mixiは辞めてもこのブログ一本で一応やってけるけどtwitterは生活に浸透したかな。最初のうちは存在を忘れたりしてたけど今は朝ベッドの中で目覚めにTL読んだりしてる。
せっかくだから自分の1年分のツイートを読み返してみたら昔の方が面白いような気が、最近のツイートはなんかすっごく低クオリティ。twitterの使い方としては正しい気がするんだけどただ単に何したとかそんなのになってる気が、昔は1日1ツイート程度だった気がするけど最近は4ツイートはしてる気が。
twitterの発言の統計を取れるTweetStatsで統計取ってみたらやっぱり増えてる、ていうかめっちゃ増えてる。
特に09年4月は4ツイート、5月は5ツイート、9月に22ツイートと来て10月に88ツイートと4倍に、そこから毎月80前後のツイート。
さらに調べたら10月12日頃から安定して3~4ツイート/日してるみたい、ちょうどその頃ただつぶやいてたのが初めてまともにコミュニケーションと言えるコミュニケーションを取った日だった、つまりチラ裏からコミュニケーションツールとして変化した日からバンバン投稿してることになるのかな。
これは良いことなのか悪いことなのか、時間が云々って話は置いといてmixiの日記もある日を境に書き方を変えて今に至るわけだけど、あの頃のmixi日記も高頻度で書いて内容は面白くないけどコミュニケーションを目的としてた。そこから脱却して文字を書くことを目的とした、これと逆の流れがtwitterの中で起こってる、もともと短い文を書くつもりで始めたのがコミュニケーションを目的としてる。
どうしていくかは考えよ。個人的には元に戻したいな。クラスターの友人がどんどん始めてるから彼らの目を意識してるのかも。でもやっぱり自分が自分の為に後で読んで面白いものにしたい。ちょっとツイート減らす方向で考えよう。あと高速道路の話は辞めよう。
2010年3月22日月曜日
君が見える
※ネタバレ含む
アバター見てきました。映画はたいして見ないんだけど話題になると気になるんだよね、ミーハーですから。別に金曜ロードショーまで待てるんだけど3Dだと家で見れないし。
久しぶりに映画館行ったからスクリーンってこんなに大きかったっけ?って感じだった、昨今は前の人の頭とか隣の人とか気にならないようになってるのね。
内容はアメリカ人が他所の先住民をぶっ殺す話だった。おまえらの言い分なんか知らねえから立ち退けよみたいなアメリカンっぷりが素敵。自分がやってきたこと良く分かってるけどマジこれがアカデミー賞取ってたらアメリカ人最低だぞ何考えてんだ。だからクソッ!なんて奴らだ!って思いながら見なきゃ絶対いけないんだけど、大佐のそうだヒャッハー!野蛮人やっちまえー!!なテンションがわりと好みだったので自分がどっちサイドから見てるのか何か意味分からん感覚に陥ってしまった。要するに話としては王道っていうか普通。まあその辺は見た人も多いと思うし色々ネットに書いてあるから別に良いか。
何を期待したかって3D、とは言えメガネをかける奴なんて遊園地とかソニーの株主総会とか任天堂の黒歴史で体験してたから別に珍しくもなかったんだけど、どっかで読んだ「3Dにする意味のあった始めての作品」って言うのに魅かれました。3Dって言うと…ベロベロバー!!どう?びっくりした?みたいな。ああそうですかお前それがやりたかっただけだろ的作品ばかりな印象を持ってたので3Dの意味があるって言われるとどう意味があるのかすごく気になってた。
見てみたけど結構納得。ワザとらしくミサイルが画面に向かって飛んできたりしなかった。主人公が崖から落っこちてく時はあーこれハイ落っこちてきますよー!が来るな。と思ったけど来なかった。この映画3Dなんですよ!この映画3Dなんですよ!って感じじゃなくて、いやいや3Dに決まってるじゃないの。まああくまで映画撮影手法の一つですけどね。って感じ。大自然や機械が映るときには奥行きがあると雄大で綺麗でカッコいい!って感じだし人の顔の起伏がくっきりしてCG的のっぺり感、まあ僕とかCGなのか実写なのかなんてずいぶん前に見分けが付かなくなってるんだけど、を感じなかったからやっぱり3Dにした意味が感じられた。
と言うわけで意外と来るかも3D。まだまだ発展の余地とか感じるし。ぜってーメガネかけて3Dテレビなんて家庭に普及する訳ねーよ、どんな家族団欒だと思ってたけど全く需要を作れないってことも無さそう。2Dを無声映画みたいに淘汰するものじゃなくて2Dと3Dは共存して行く形で市場が広がりそう。まあ擬似3Dみたいなもんだしそれは当然か。逆にこれからの子供なんかにはおまえん家まだ3Dじゃないのかよー、とか言い始めるようになっちゃってもおかしくないこともない。その為にも映画館は度付きの3Dメガネを貸し出すべき、って当たり前でしょ!鼻の頭痛かったよ!!
アバター見てきました。映画はたいして見ないんだけど話題になると気になるんだよね、ミーハーですから。別に金曜ロードショーまで待てるんだけど3Dだと家で見れないし。
久しぶりに映画館行ったからスクリーンってこんなに大きかったっけ?って感じだった、昨今は前の人の頭とか隣の人とか気にならないようになってるのね。
内容はアメリカ人が他所の先住民をぶっ殺す話だった。おまえらの言い分なんか知らねえから立ち退けよみたいなアメリカンっぷりが素敵。自分がやってきたこと良く分かってるけどマジこれがアカデミー賞取ってたらアメリカ人最低だぞ何考えてんだ。だからクソッ!なんて奴らだ!って思いながら見なきゃ絶対いけないんだけど、大佐のそうだヒャッハー!野蛮人やっちまえー!!なテンションがわりと好みだったので自分がどっちサイドから見てるのか何か意味分からん感覚に陥ってしまった。要するに話としては王道っていうか普通。まあその辺は見た人も多いと思うし色々ネットに書いてあるから別に良いか。
何を期待したかって3D、とは言えメガネをかける奴なんて遊園地とかソニーの株主総会とか任天堂の黒歴史で体験してたから別に珍しくもなかったんだけど、どっかで読んだ「3Dにする意味のあった始めての作品」って言うのに魅かれました。3Dって言うと…ベロベロバー!!どう?びっくりした?みたいな。ああそうですかお前それがやりたかっただけだろ的作品ばかりな印象を持ってたので3Dの意味があるって言われるとどう意味があるのかすごく気になってた。
見てみたけど結構納得。ワザとらしくミサイルが画面に向かって飛んできたりしなかった。主人公が崖から落っこちてく時はあーこれハイ落っこちてきますよー!が来るな。と思ったけど来なかった。この映画3Dなんですよ!この映画3Dなんですよ!って感じじゃなくて、いやいや3Dに決まってるじゃないの。まああくまで映画撮影手法の一つですけどね。って感じ。大自然や機械が映るときには奥行きがあると雄大で綺麗でカッコいい!って感じだし人の顔の起伏がくっきりしてCG的のっぺり感、まあ僕とかCGなのか実写なのかなんてずいぶん前に見分けが付かなくなってるんだけど、を感じなかったからやっぱり3Dにした意味が感じられた。
と言うわけで意外と来るかも3D。まだまだ発展の余地とか感じるし。ぜってーメガネかけて3Dテレビなんて家庭に普及する訳ねーよ、どんな家族団欒だと思ってたけど全く需要を作れないってことも無さそう。2Dを無声映画みたいに淘汰するものじゃなくて2Dと3Dは共存して行く形で市場が広がりそう。まあ擬似3Dみたいなもんだしそれは当然か。逆にこれからの子供なんかにはおまえん家まだ3Dじゃないのかよー、とか言い始めるようになっちゃってもおかしくないこともない。その為にも映画館は度付きの3Dメガネを貸し出すべき、って当たり前でしょ!鼻の頭痛かったよ!!
2010年2月14日日曜日
2月14日
日記で文句ばっかり言ってる気がするけど別に僕は気難しい人間とかじゃないですよ?
バレンタインデー、を語りたいって言っても例年妹が貰ってくる友チョコを勝手に食って格付けするとかその程度のことしかしていない、というか今日なんて誰にも会わなかったし余り僕には関係ないけど。
クリスマスってもう何の日か分からないから嫌いなんだけどバレンタインは別に嫌いじゃない感じ、どちらにしてもあまり関係ないんだけど良いんじゃない何か素敵じゃん、なんだかんだ言って貰って嬉しくない男性なんて居ないんだろうし秘めたる思いを伝える契機に丁度良いんじゃない。最近は女性でも必要ないと感じてる人は多いそうだけど別にチョコレート渡さんでも個人の繋がりが希薄な現代社会にはこんなイベントがあっても良いんじゃない。
だから別にバレンタインなんて企業の陰謀だとか完全に後付けの意味の無い文化だとか俺チョコレート嫌いだしwwwwwwみたいな中学生みたいなことを言いたい訳じゃない。けど腑に落ちない、バレンタインって一体誰だよ、こいつ本当にキリスト教の聖人なのかよ(失礼)
まず実在したかどうか怪しい、宗教上の人物に実在したかどうかを問うのは無意味なことだけどこんだけ人気の聖人の癖に美術館行ってバレンタインの肖像なんて一枚も見たこと無い。聖アントニウスほどネタにされないにしても紀元後269年没のくせに異常だろ。存在が怪しいとかもう2月14日処刑も怪しいじゃん、クラウディス2世に泥塗るなよ。
恋人の守護聖人って設定も何か嫌、隣人愛してれば必要ないじゃん。守護聖人ってはっきりした職業にむけられるもんじゃないの、漠然としすぎなんだよ恋人の守護聖人って、恋人が歯医者だったらどうすんの聖アポロニアとかち合うじゃん。こいつは何を何から守ってるんだ、一体何と戦ってるんだ。
まあWikipediaにも書かれてるけどクリスマスと同じでローマの祭りのキリスト教化なんだろ、それは別にいいけど何で存在しない奴を崇めなきゃいけないんだ。聖書メインキャラ聖ヨセフの記念日3月19日なんて誰も知らない(ごめん今調べた)のに聖書外の聖人の記念日とかマニアックすぎるだろ。
それに同じ聖書外の聖人祝うならやっぱ聖パトリックだね。

見てこれ聖パトリック祭、川を真緑に染めるんだぜ。存在もはっきりしてるしこいつなら全力で祝える。バレンタインデーもどうせなら町中チョコレートでぐっちゃぐちゃにすればいいのに。
バレンタインデー、を語りたいって言っても例年妹が貰ってくる友チョコを勝手に食って格付けするとかその程度のことしかしていない、というか今日なんて誰にも会わなかったし余り僕には関係ないけど。
クリスマスってもう何の日か分からないから嫌いなんだけどバレンタインは別に嫌いじゃない感じ、どちらにしてもあまり関係ないんだけど良いんじゃない何か素敵じゃん、なんだかんだ言って貰って嬉しくない男性なんて居ないんだろうし秘めたる思いを伝える契機に丁度良いんじゃない。最近は女性でも必要ないと感じてる人は多いそうだけど別にチョコレート渡さんでも個人の繋がりが希薄な現代社会にはこんなイベントがあっても良いんじゃない。
だから別にバレンタインなんて企業の陰謀だとか完全に後付けの意味の無い文化だとか俺チョコレート嫌いだしwwwwwwみたいな中学生みたいなことを言いたい訳じゃない。けど腑に落ちない、バレンタインって一体誰だよ、こいつ本当にキリスト教の聖人なのかよ(失礼)
まず実在したかどうか怪しい、宗教上の人物に実在したかどうかを問うのは無意味なことだけどこんだけ人気の聖人の癖に美術館行ってバレンタインの肖像なんて一枚も見たこと無い。聖アントニウスほどネタにされないにしても紀元後269年没のくせに異常だろ。存在が怪しいとかもう2月14日処刑も怪しいじゃん、クラウディス2世に泥塗るなよ。
恋人の守護聖人って設定も何か嫌、隣人愛してれば必要ないじゃん。守護聖人ってはっきりした職業にむけられるもんじゃないの、漠然としすぎなんだよ恋人の守護聖人って、恋人が歯医者だったらどうすんの聖アポロニアとかち合うじゃん。こいつは何を何から守ってるんだ、一体何と戦ってるんだ。
まあWikipediaにも書かれてるけどクリスマスと同じでローマの祭りのキリスト教化なんだろ、それは別にいいけど何で存在しない奴を崇めなきゃいけないんだ。聖書メインキャラ聖ヨセフの記念日3月19日なんて誰も知らない(ごめん今調べた)のに聖書外の聖人の記念日とかマニアックすぎるだろ。
それに同じ聖書外の聖人祝うならやっぱ聖パトリックだね。

見てこれ聖パトリック祭、川を真緑に染めるんだぜ。存在もはっきりしてるしこいつなら全力で祝える。バレンタインデーもどうせなら町中チョコレートでぐっちゃぐちゃにすればいいのに。
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