2010年5月17日月曜日

この二ヶ月間…

日記には書いてませんでしたが実は色々ありました。
大いなる転機を迎え挑戦と失敗、その中で数々の出会いと別れを経験し、幾つもの自己成長と衰退を重ねその都度怒りや悲しみ、そして喜びを噛み締めたとかそんなのはどうでも良くて今日行って来た美術館の話ね。

『マネとモダン・パリ』展 於 三菱一号館美術館 ってどこそこ?
丸の内に新しく出来た美術館だそうで良くもまあこの不景気に美術館作ろうとか思ったな三菱。なんでも復元建築物でかつて銀行だったとかの三菱一号館をかなり忠実に復元してそこを美術館にしたとか。そのせいか通路狭くてアップダウンがキツめで天井低めで入場整理の人を大量投入してたけど。良いんじゃない。美術館作るぞ→はい作りました黒川○章でドーン!って言うのより好きです。私の愛する庭園美術館みたいじゃん。ただ最初っから壊さなきゃいいのに何だってこの国は歴史的建造物がなかなか残ってないのか、地震と戦争のせいか。


量は充実で104点、殆どマネでした。まあマネくらい有名な画家なら僕に知らないことなんてそんなに無いよねー。印象派始めた人でしょ?とか思ってたら思い上がりも良いとこだったわ。っていうかマネ印象派じゃないわ。印象派展に出展したことが無かったってウソでしょ。それ印象派じゃないじゃん。印象派だけど印象派連中とは群れず、(家が金持ちだからだけど)金の為の絵は描かず、サロンに出展しては何度もボッコボコにされ、同胞のドガやモリゾから印象派展の出展を誘われてもサロンにこだわり続けて、そしてついに認められ入選、そしてまたスキャンダラスな絵を描いて酷評、それを出展して落選。なんだそれ、とんでもないエネルギーですよ。戦争にも参加してるし。その間にガンガン画風を変え続け、スペイン趣味からジャポニズムからリアリスムからインプレッションを人物から静物から風景の全てで変化していってる。ちょうどピカソがキュビズムだけで語れないように1つの代表作を引っ張り出してマネを定義できない感じがした。マネがピカソくらい長生きしてればひょっとするとピカソの出番は無かったかもね?

ファンが多いしこんなこと言わない方が良いんだけど、マネに習って?ぶっちゃけるとあんまり印象派好きじゃないんだよね。特別展がやってても(まあ行くんだけど)あんまり行く気がしない。お綺麗だけど僕男だし、なにしろ作品量が多いからしょっちゅう見る。見たままを描く印象派の新しさ、良さは一方で一枚の絵に対して考える時間を短くしてしまって、脈絡無く集められた作品群のせいで途中ですっかり飽きてしまって、結局印象に残った絵の無い展覧会だった。印象派なのに。みたいなことが何度かあったせいでルネサンスあたりの美術と違って日本の常設にも良いのがあるから特別展って言われてもなー、な感じがしてたけど今回はとても満足な展覧会でした。これが1人の画家の業とは思えません。その上でマネの愛したパリの雰囲気を連れて来るべくマネの描いたパリの市井、その他の画家のパリを映した作品や写真、歴史的書籍、テキストでも補完してモダン・パリの副題も生かしきってた三菱一号館美術館には今後も期待。