2011年8月7日日曜日

コーヒー賛歌

マクドナルドでビックマックセットを食べてきた、なんだかんだ色々出すけれどビックマックが一番美味しい気がする。あのソースだけ売って欲しい。
とはいえなんとなくカロリーが気になるので飲み物は大体コーヒーにしている。今の季節ならアイスコーヒーにするけれど、飲みながら感じたのが、えらく美味しいコーヒーだなあと。

マクドナルド如きのコーヒーを美味しいと言っちゃうのはお里が知れそうだけど、すっきりしてグビグビ飲める。ブラックのまま飲んで飲み疲れせず、しかしてしっかりコーヒーの苦味を残すのは結構頑張って開発したんだろうなあと思うのだ。ホットコーヒーにしても酸味が全くなく、すぐに飲み始められる温度とハンバーガーに良く合うので気に入っている。おかわり出来るし。

あとはまともにコーヒー飲める店となるとここらへんじゃ駅前のパン屋だけになる。田舎だから。これも中々不思議な味で「炭焼きコーヒー」と銘打ちながらドリンクバー的な機械からガーーって音と共に垂れだして数秒で出てくる。この邪道で250円位取るんだから暴利な気がしつつも何故だか確かに炭火の香りがするから不思議。一応あの「ガーー」は豆を挽いてる音なんだろうなあと科学の進歩を実感するね。

街に出るとカフェはそこら中にあるので割としょっちゅう使う。スターバックス派というよりは一番沢山あるからよく行く。あそこのメニューは複雑でまさに初見殺し。一応コーヒー派だからマキアートやらフラペチーノに戸惑うことは特にないけれど、いつも混雑してるので「エスプレッソと水」って注文で済ませ、ファイト一発的な飲み方で店を出るのが僕の定番。慣れるとエスプレッソのやたら苦いのが妙に美味しいんだけれど、イタリアじゃエスプレッソは砂糖を入れまくるのが普通らしい。んなバカな、砂糖入れるのは良いけれど、だったらラテを頼んだ方が良いじゃん!と地球の裏側から叫びたい。

一方で街の個人喫茶店なんかでは、コーヒーは緑茶じゃないし、とりあえず高温なら何でもOK、な思想なのか大抵マジで熱くてすぐには飲めない。ドリップならまだしもサイフォンだと口も付けられない。つまりは店側からの「ゆっくりしていってね!!」なメッセージと受け取っている。
この手のお店は個人的にカフェが好きでやってる人たちが多いのでコーヒーを1つの食文化として尊重したお店が多く、したがって値が張り、何種類も豆を用意している所が多い、自家焙煎やブレンドに一家言ある所も。
席に着くと少ない量の氷水と灰皿が出てくるのが居酒屋のお通しみたいで好きだ。特に氷水が出てくるか来ないか、その量がこれからコーヒーを飲むのに丁度いいかってのも重要だと思っている。喫茶店でコーヒー飲むときは注目してみてくださいな。

などと言いつつも飲み物に高い金払いまくるわけにもいかないので、研究室には専らインスタントコーヒーを持ち込んで飲んでいて、今まで飲んだ積算量としては圧倒的に多い。
これが味としてはドギツくて凄まじく角の立った鋭いコーヒーになる。が、別に不味いわけでもなく、これはこれでアリ。寧ろ気怠くて眠い感じを追い払ってシャキッとできるので仕事が捗る。運動後のゲータレードみたいなものかね。やっぱり作ってる人たちがインスタントコーヒー敢えて選ぶ理由とシーンをきちんと調べてそれに合うものを作ったんだろうなあと、適当な思いを馳せている。

そして家では…すっかり飲まなくなってしまった。かつては備品として豆をトイレットペーパーの如く消費していたけれど、毎週のレポートが無くなるや否やデッドストック状態で、麦茶緑茶やハーブ茶やらに浮気を続けている。だからこうしてたまに宿題があると、寂しくなってマクドナルドまで行き、挙句ここまで日記を書いて、もちろん宿題は白紙。

2011年7月3日日曜日

美術展の感想(10年11月~11年6月)

美術館に行った感想を書くっていうのはブログ始めたきっかけの一つだった気がするんだけど、何か面倒になってさぼっちゃった。絵見ながら「こんなこと書こう」程度の感想は抱くから後は文章にするだけなんだけど、さっさと書かないとあかんね。
過去の奴書かないと美術展行っても感想書けなくなっちゃってるからこの辺で清算してしまおうと、調べてみたら半年分放置してた。予想以上の放置っぷり、そしていつの間に半年も経ってるんだ。

とりあえず古い順に簡単に感想を!

10/11/23 ドガ展 於 横浜美術館
なんかおばさん臭い展覧会だなーと思いつつも、ドガの最高傑作エトワールにホイホイ釣られて行ってきました。後ろのおっさんをmixiの自分の写真に使ってたりしたし。
これやっぱりきれいでした、忘れられない一枚です。パステルで描かれてたのね。なんだか輝きを放ってました。いやマジで物理的に光って見えました。エトワールは自然に光ってたと思うけど時々この照明の当て方は何?見にくいよ?みたいなのがあったからもしかするとそのせいなのか?
踊り子はもう数作品見たかったけど、踊り子の彫刻作品が見れたからまあ満足か。126点の1/3がオルセー蔵。ちょいちょいオルセーには改修してもらう必要があるな。

5/11 シュルレアリスム展 於 国立新美術館
ポンピドゥセンターから錚々たるメンツの作品がいらっしゃってました。
実のところシュルレアリズムは何書いてあるかわかんないからそんなに得意じゃないんだよね。とはいえ妙ちくりんなとりあえず作ってみた、みたいな謎の現代芸術とはやっぱり違うし、何より現代に至るまでの芸術の方向性を決定づけたシュールという一大運動の形而上学的な理念の解説が普通の一般観覧客としては理解不能になりがちになる中、アンドレボルトンの著作や参考資料の展示からわかるように解説してました。流石鳴り物入り美術館のキュレーター優秀。
でも残念ながらいまいち印象に残った作品は少ない、やっぱり苦手は苦手。マグリッドとキリコは好きだからよく記憶してるけど…、あとは「甘美な死骸」が面白かったかな。

5/25 ベルリン絵画館(Gemaldegalerie)
ドイツ行ったときに行った美術館、もうカルチャーショックですよ。なんだこの量は、日本でこれだけ見ようと思ったら何回美術館に行けばいいのかと。1200年代とか一体なんだよ。ていうか警備員少ねえよ。ドイツの感想は警備員のおっちゃんに話しかけられてことを含めてもう書いたし、適当に画家とその感想を。

デューラー:油彩初めて見たよ!貴族の紋章デザインもやってたんだぜ、っておっちゃんに教えてもらいました。
クラナッハ:何枚あるのよ一体。と言うかドイツ人だったんだ。
ラファエロ:マドンナのトンドじゃねーか、超ド級の傑作。
ボッティチェッリ:ヴィーナスの習作じゃねーか、超ド級の傑作の下書き。
レンブラント:あー!8年前に見たやつだ!この絵で美術ファン始めたのに。奇跡の再開。
フェルメール:まあまあ。
カラバッジオ:有名な天使が見れましたが目の高さにチ○コがあって嫌だった。
ホルバイン:ドイツ人だけあって傑作揃い。肖像画の名手だけど「まるで生きてるよう」って感じではなかった。顔の特徴をはっきり出してる感じ。
ヤン・ファン・エイク:ファンエイク観るの俺の人生の目標みたいなもんだったんだけどね、もう観たし死ぬか!驚いたことに写真で見た方が印象が…、というか僕の目の解像度を超える描き込みでカメラ写真越しの方がはっきり見えるという、予想以上に驚異的な画家でした。
ぺトラス・クリストゥス:え、誰?知らない…。と思ったら凄い画家だった。良いもの見れました。

何よりフラッシュ炊かなきゃ写真撮っていいっていうのが驚きだった。世界的名画をモデルさん扱いできて楽しいのなんの。1人で絵に向かってはーいもうちょっと笑ってーとか言ってるキモい外国人になってた。

6/10 光と闇とレンブラント 於 国立西洋美術館
国立西洋美術館8年ぶりのレンブラントキター!!と前売り券を買うも、ドイツで散々レンブラント見たせいでだいぶ低下したテンションで訪館。
しかし面白かった。版画展って何だかもの足りないと思っていたけれど、世界各地から一つの作品の異なるステートを集めてくれてた上に刷り紙の違いによる比較、レンブラントが和紙刷りを豪華版として売り出してたとは!左右反転した銅原版の展示など、たとえヨーロッパの美術館がデカかろうが企画展はこうやるんだよ!と言いたくなる良展覧会でした。油彩も良かったよー。

6/29 森と芸術 於 東京都庭園美術館
庭園美術館が今年末から2年間工事って…そんな…。と涙にくれつつ工事前最後の絵画展行ってきました。相変わらずちょっと貴族趣味だよね。金持ちそうなおばさん多かったし。「森」をテーマに絵画、陶芸、彫刻、絵本や写真など色々な方向からアプローチ。アンドレボーシャン覚えた。
森への憧れ、恐怖って感情も薄れっきっちゃってるけど、やっぱり自然って素敵だなー思わせてくれるのは庭園美術館だからです!今回は庭園回れなかったけど。
工事不安だなー。きちんと建物が残っていくようにしっかり修繕して欲しいし、ウインターガーデン公開したときみたいに工事後の新空間公開に期待したいけど、変に新しくなっちゃわないか心配で心配で。流石に今年はあの超どうでも良い建物公開行かないとな。


どれも面白かったけど、翻ってこの夏はなんだか興味ある美術展が少ないなー。守備範囲を広げて望んでみようかな。

2011年6月12日日曜日

5月22日~28日

ドイツはベルリンに行ってきました。楽しかった。超楽しかった。充実したというか、価値観が大きく変わった一週間になりました。
写真を沢山撮った、400枚くらい撮った、美術館の中でも撮れるとは!名画をモデル扱いにできて楽しかった。というわけで写真を載せつつ名所を紹介しようかなと思ったんだけどいいや。

僕は日本が好きだった。先進的で、多湿で、閉鎖的で、居心地が良かった。自分の能力や思想や志向を白紙の状態から何年もかけて『日本人的』なものに作り上げて行って、今もその途中だった。今となっては果たしてそれが人として正しい成長だったのか分からなくなっている。ずっと疑わずにやってきたことがヨーロッパの一部にたった1週間居ただけで色褪せて見えてしまう。夢中で取り組んでいたはずなのに、日本に帰って待っていることといえば退屈無明な仕事と下世話でチンケな趣味に思えて仕方がなかった。帰りの飛行機の中で出来れば飛行機に不具合でも起きてドイツに特別滞在にでもならないだろうか、農場でポテトを育てる住み込みの仕事を見つけることも出来るんじゃないかと、そんな風に考えると涙を止められなかった。
住んだわけでも (仕事だけど) 仕事をしたわけでもない、たった一週間旅行しただけだったけれど、それでも見えたものはある。薄々と日本のこういう所おかしいんじゃないか?こんなもんなのか?と思ってたことは、やっぱりおかしいところだった。
学会会場には世界中から学者が集まって、極東からも中国、韓国、台湾、香港の方々が出席していたけれど日本人は簡単に見分けることが出来た、スーツを着ていたから。日本人がスーツを着ることに合理的な理由なんて欠片も無い。ジーンズでポスターセッションしているインド人も居た。
そうした自由さが何より重視されているような気がした。無意味に自分を縛る必要なんてないのに、日本では人々が相互に行動を縛っている気がせずにはいられない。電車内に自転車を入れても犬を入れても良いよね。その電車は改札無しのタダ乗り許容状態だったけど、日本ではパスモがあれば財布から切符を出さなくても大丈夫って言ったらどんな顔するだろう、あれはどういう経営システムなのか理解出来ないけれど。
あとなんでか日本じゃ訳も無く笑っていると気持ち悪いと言われる、それは普通だと思っていたけれど美術館のガードに笑顔で挨拶したら絵の解説までしてくれた、まぁ旅行者然丸出しだったとは言え親切(おせっかいとも)言われている人が多いそうで、道案内をしてくれたり…、とにかく英語が通じて驚いた。英語から逃げ回って理科系まで来たのに、ドイツ人の英語聞き取りやすいし僕の英語を聞き取ってくれて感激のあまり喋りまくってた。一緒に行った奴は殆ど喋れてなかった。よくも偉そうなこと言ってくれたもんだ、まあ自分もこんな感じだったなーとは思ったけど。

とまあどっぷり染まってきた訳だけれど、ところ構わず私物にすら落書きがあったり煙草の吸殻のポイ捨てが凄まじかったり閉口する部分もやっぱりたくさんあった。決して日本人が劣っているとかそんなことは全くない、素晴らしい精神性を持ち合わせているのに…何故か苦しんでいるように感じられてならない。

ともあれ、やっぱり日本から一歩も出ないってのは良くないな。海の向こうにはバームクーヘンをタルトにしてしまう国もあるのよ、あれはなんとしてももう一度食べなくちゃいけないからー。